昭和46年10月十日 月例祭



 お祭り前の前講を、上野先生が当番でお話しをいたしておりました。いまさら感じておるというわけでもないでしょうけれども、この思いは、合楽に御神縁を頂いておるもの、お互い、ますます、その感が深うならなければ、嘘だと思うんですけれど、上野先生が言われるように、最近は特に、金光様の御信心を頂いておったと言う事の有り難さ、分けても合楽教会に御神縁を頂いておったと言う事が、少しではあるけれども、ほんとに有り難いと思わせて頂く様になりました、というております。
合楽に御神縁を頂いてもう二十何年でしょう。ですからやはりその思いがあればこそ、今日まで信心が続いておるのです。その上野先生にしてから、最近ようやく金光教の信心を頂いておったということが、合楽に御神縁を頂いておったということが、ほんとにシミジミ有り難く思わせて頂く、今日この頃だというお話をいたしておりました。どういうところが金光教の信心を頂いておったことが有り難いのでしょうか。
 どう言う事が、合楽にとりわけ御神縁を頂いておったというのが有り難いのでしょうか。色々と、おかげを確かに頂いてまいりましたけれど、結局は、まぁ幸か不幸か、お道の教師にならなければならないような、まあいうなら羽目になった。ま羽目になったと言うと言葉は、ちよっとおかしいですけれども、まあ信薄きもの、また現在のままであるならば、そういうことになるだろうと思います。
 けれどもこれから自分がいよいよ助かることになり、自分が助かうことが人も助かることになり、それこそ上野先生、上野先生と沢山の人たちが、おかげで助かりましたと言う人達が、出来て来るようになったら、もうそれこそ、いうなら、今から振り返って二十年間、様々なことがあったこと、そのことの一つ一つが、今日このおかげを頂くことのためであった、と分かるだろうと思うのです。
 そういうね、ことがね、実感として感じられるようになってきた。神様のなさることにひとつ一つのうえにです、無駄の無いことお粗末の無いこと、そのことが私が、分けても沢山の人間氏子の中から、またその中から、お道の教師としてお取立て頂いたと言う事は、これはよくよくならないことだ、そのよくよくでないことをです、合楽で分からして頂いておると言う事が、有り難いというのではなかろうかと、
 そんなら合楽ではどいう言う事が分からせて頂いたか、一切の事柄神様のご都合だと、もうた確かに確信がでける、ですから御事柄として、それを受けていかなければならないことももう分かっておる、けれどもですそれが出来ないとこに、淋しかったり悲しかったり、それでもただ淋しかった、悲しかったではない、そこを乗り越えてそれをいよいよ自分のものにしていこうと、精進させて頂いておる日々であると言う事。
 そのことを話しておりました。今日十月十日、御本部では生神金光大神、いわゆる金光大神祭りが、盛大に行われておった事と思います。それをここでは十三日におかげを頂くわけでございます。大体は今日が本当、それが二日、三日では到底あちらでは入りきれませんから、何回に分けて、御本部参拝をするわけであります。形の上においては、同じお祭りを頂くわけですけども、本当は十月十日、今日が金光大神永世の祭り日とまで、仰せられておったところのお祭り日であります。
 旧の九月十日と新の十月十日が連れのう日、十日と十日が連れのう日が、金光大神神上がりの日ぞ、とご生前から仰っておられた。そして十月十日というのは、金光大神祭り日として我ながら自分の心を、金光大神祭りと言う形式の上においてお祭りをなさった。しかし大変な事ですね、自分がお国替えをする日と、自分で自分の心を祭れる日が同じなんだ。御本部へお参りをしますと、今度も教祖遺品展があっとります。そこに参りますと教祖のご遺品が沢山出ております中に、その時の暦、古い暦がでております。
 ちょうど九月十日、十月十日、この日が金光大神神上がりの日であった。それをご生前から、そう仰った。それは悲しいことでも、困ったことでもない、もう永世のお祭り金光教ある限り、いや天地のある限り、極まりなくこの金光大神祭りは、いわゆる金光大神永世の祭り日として、御信心を頂くものが尊い日、有り難い日としておかげを頂く事である。しかも最近じゃ、日本では、この十月十日を国慶日として、国の喜びの日として、各家ごとに日の丸を揚げて、祝福する。
 お祝いをすると言う事になってきたのも、ただこれは偶然とは思われない気が致します。その金光大神様の、教えられたこと、または金光大神が、一生をかけてお歩みになった、神ながらの道、いわゆる金光大神の生きられ方というものを私共が神習わせていただくというのが金光様の御信心。どうして金光大神の、歩かれた道が、私共が歩けるか、私はここんところをね、大変なことだと思います。
 例えば、現代社会の大宗教とは、仏教またはキリスト教でございましょう。けれども私のように、皆がおかげを受けられるという宗教が他にあるだろうか。それは私共、手の届かないところ、なるほど自身は、極楽往生なさったに違いない、又は、天国に召されなさったに違いない、けれどもその方と私共は、天地ほどの開きが初めからあるのである。いうならば、神様の申し子的な方達なのである。
 キリストは私達ではとても想像もつかない処女受胎を信じなければ、キリスト教があるも無いも同じだといわれる位である。お父さんなしにこの世に出てこられたという、そういう例えば方、お釈迦様においてもしかり、国の王子としてそしてあのような、難行苦行をなさって仏教は開かれた。のですからとても私共が、及びもつかない、そして行く所はどこかいうとまあ極楽であろう、天国であろうと私は思うですね。
 そうでしょうだからもう、非常に難しくて非常に回りくどくて、そして結局は行かれないというところ。詰まらん話ですね、その点金光大神の私は、教えられた道というのはです、此の方のことを生神、生神というが、皆もこの様なおかげが受けられる、この方がおかげの受け始め、さあ皆も私について来いと仰っておられる。ここ二、三日私が頂かしていただくことは、言うならそのことばかり。
 例えば教典を紐解かせて頂きましても、様々なみ教えがありますけれど、もしあの、教典が今日の時代に、あの教典がでけておったなら、只今申します、御理解第十八節の「此方がおかげの受け始め、皆もこの様なおかげが受けられる、」お互いが生神になる道である。此の方は、この世で極楽であるおかげを頂き、この世で極楽にならずして、あの世に極楽があるか、と教祖は仰っておられる。
 この世で極楽の道を開かせて頂く道なのだ。その当時は、例えば天皇陛下のことを、現人神と申し上げた。うつし身を持たれながらの、神様だという風に、御神格付けられた。ですから、他のものに神様など、という神を付けることはでけなかった。金光大神の、でも、大神という字を宮の陣の陣の字を書かねばならんと言う様な時代であった。ですから、今頃のようにです、言論の自由になり、宗教の自由がもし認められるようになりましたらです。
 恐らくこの御理解第十八節が、金光教の一番中心の御教えになったであろうと、ある人が新聞に書いてあるのを見せて頂いて、私も同感だと思った。金光教はだから、生き神を目指す道なのである。しかも手が届かんのではない、一歩一歩私共、それに近づいていけれる道なのである。それを例えば、この頃から、光橋先生が今度ラジオ放送いたします、その内容のことを聞いて頂いたように、今日上野先生が申しておりますように、ここにはっきり、生き神になる道を合楽では、教えて頂けれる、
 しかもその先生が、生き神を目指して前進しておられる、それを目の当たりに見ることが出来る、聞くことが出来る、しかも行ずることは、そんなに、火の中にはいらなばならんとか、水のなかに飛び込むまなならんと言う難しいことではない。日常茶飯事の中に、それぞれの、手元のところを、自分の仕事の中からです、生き神への道を教えて頂いて、それをひたすら歩かせて頂くという道である。
 なるほど此の方が、おかげの受けはじめであって、皆もこの様なおかげが、受けられるという道である。もうここに至った時にです、なるほど人間がする宗教である、信心だと言う事が分かります。手が届かない事をです、言うたところで教えたところでどうしますか。とてもお釈迦様のごとなれんもん、とてもキリストのように、処女受胎ば、もっと始めからやり直す訳にはいかんもん、そういう人が辿った道を私共が辿れるはずが無い。教えは素晴らしい。
キリストは天国にも行かれるだろう、極楽に行けるだろう、私共はね、教祖金光大神の道というのは、そういう道なんだ。そこで私共はです、言うならば自分の都合などは言うておれずに、本気で信心の稽古をする、お道で言う信心の稽古は、生き神になる稽古を、その持っておる、例えば難儀と言うものひとつの足掛りとして、手掛りとして、生神の道を、ひたすら、進みに進ませていただこうという道なのです。
段々神様んなっていくなら、雲や霞ばかり食べとらんならん、と言う事もない。日々の生活、例えば、まあ、享楽と言う言葉ではおかしいかも知れんけども、人間としての、例えば享楽もおかげとして、頂いていきながら、生神になれる道である。私共が自分の心の中に、例えば、有難いという心を頂き、または自分の周辺に、有り難いと思わせて頂けれる雰囲気を作っていくと言う事。
 私は今朝のご理解の中に、そのことを申しました。二、三日前に誰かがバラの花を一、二輪持ってきて、あそこ洗面器につけてあった。そのままほってあるから、私は勿体無いと思って裏のあの、お便所に皆が行くとこのお便所に、小さい一輪挿しにそれを挿ささせて頂いたら、格好ようささった。それを入れさせて頂いて、その便所に入るたんびに、いいな美しいなと思う。
だからおそらく私一人ではなかろう、あそこの便所を使う人がおそらく思うであろう。その思う心がおかげを頂く心なのだ。ういう心を私共はいつも絶えず、周囲、または周辺にそういう工夫をさせてもろうてです、私共が良いな、ありがたいなあ、と思えれる雰囲気を、自分の雰囲気にいよいいよ沢山作っていこうというのである。ですからそこにはちょっとした、やはり何事にも信心になれという、下駄が乱れておるなら、下駄を揃えさせてもらおう、汚れているなら、拭こう磨かせてもらおう、
 キチットさせて頂こう、まあなんちゅうろくそなこっちゃろうか、というとこに神が宿り給わないね、有り難いなあ綺麗だなあ、はあ美しいと言うその心に神が宿る。そういうときに自分の心の中を合掌したい時である。そういう心で、祈るのである。そういう心で願うのである。もうだから私共の周囲には、もう有り難くならして頂く材料は、いっぱい、もう心掛けさえすれば、もういっぱいであると言う言。中にはいわば、腹が立つことも在る、血の涙の出るような思いをすることもあるけれども。
 それとてもよくよく考えよると、神様の御働きというものを、まだ自分が体得していないからだと言う事が分かってくる。お互い今日は朝からきつい日であった。それでも今日は、久富さん、折角一日御用を頂いておられるから、私も一緒に御用させてもらわんならん、それでもやはり、四時半までの御用させてもらったから、さあそれからちょっと横になりたいと思ったけれど、一生懸命あの今月は全部、あの軸からお道具から、全部変わる月なんです。
 そいで同じではいけんですから、まあ二人で相談しながらあちらからこちらから、もう色々沢山ええ道具がある事は分かっておるから、今日はもう解きなさんな、もうこれだけやろうじゃんのと言う様にきつかった。お祭りを仕えるというてもなんか生気がない。今日何かお話させて頂こうと思うて神様にお願いをしても、なんともヒントを頂かない。そしたら神様がね、あのラムネという飲料水がありましょう。あれを今頂いた。
ははあ、何も話することが無いけん、ラムネんことばお話しせんならんとじゃろうか、と思うたら、これはね、あの上にレッテルが張ってあるでしょう、紙をちょっとこう、つき破ったら、あとに、ちょっと力を押しやあれがぽっつとおつることになる、それを飲めば、スッといくように、おかげが頂けれるということだろうと思うんです。今日だから今、私が話をしましたことは、皆さんが今日初めて聞いたお話しでございましょうが。生神になる道、それは、もうそれこそ、いつも頂く。
 ここ、二、三日はもう繰り返し頂いておる。けれども金光様の御信心と言うものは、何故有り難いかと、と言う事をキリスト教と仏教を対称にしながら、到底とても私共が、足元にも及ばないと言う様な、難しい信心ではなくて、私共が日々信心生活の中に見やすう、生神になっていく道を神様が、開いて下さってある。それをどこまで行けれるか分からんけれどど、これを辿らせて頂く言が信心だと言う言。わが心が神に向うのを信心というのじゃと言う事を、まあ新しいその、角度から今日頂いたのであります。
ですから、上野先生がお話し致しておりますように、本気でね、その気にならなければいけない。この頃から、神さまに好かれる人、それからまた神様にすかれるものを持っていながら、神様に嫌われるものを持っておる、自分でも気がついておる、してお詫びのしるしに信心しよる。そいいう信心が何十年続いても駄目だ、おかげは受けても、神様に向って行かん、同じところばっかりを、悪いことをする、お詫びをする、悪いことをする、お詫びをする、同道周りである。
詫びないよりも良いけれどね、ですからそこんとこをひとつ、本気で一つ改まっていこうじゃないかと言う様な、ご理解を頂いたんですけれどもね。そういう例えば、改まって行くという道でもです、お取次ぎを頂いて、おかげを頂いていけば、神様がお働きくださる道である。今日ある方が久しぶりで参ってきた。お父さんが普通はとっても素晴らしいんですけれども、お酒を頂くともう親も無ければ子供も無い、勿論奥さんなんかはもう、とにかく、いうならトラ狼もじせんと言う様に、いわゆる酔狂が出る。
 もうそれこそお母さんが逃げるように、あの人が帰ってくる時間になるともう、ほんとに身震いが出るように、それを嫌いなさる。そこでお参りをするようになって、毎朝のご祈念に参って来て、この頃見えんなあと思いよったら、その方のご兄弟の方から、その当のその本人の方が、肝臓で入院しなければならないと言う事になった。強いお方だったんです。そいで私はおかげ頂いたなあと思たです。
肝臓という病気はもう、絶対お酒が頂かれんとですから。やっぱり家内がお願いしよったから、おかげ頂いた。というて始めからそういう風にね、よし、酒を止めさせてくれというて、嫁御が願いよるから、肝臓にならしたというので、それまでにもう、何回となしに、本人もお気付けを頂いてきたですね。例えば飲酒、ほんな自動車を買うたばっかりの自動車に乗ってね、もうその日にその相手の車を傷つけると、そしてほんな飲んどった、飲んだばっかりじゃった。
 はあこれは飲んじゃいかん、飲んじゃいかんと言うならそういうお気付けをずっと頂きよったけれど、やはり目が覚めなかった。したら今度肝臓というて入院しなければならんことになった。今日も参ってきて、あんまり久しぶりで参ってきてから、お初穂をここで、おそなえしてからつうっと行こうとする、自分とご主人の名前を書いてから、ちょいとちょと待たんのち、あんた今日何で参ってきたとね、と私が言いましたら、実は主人がこげなふうで入院しりますけんで。
 そりけん良うなしてくれんでどげんのち言うたら、はあどうぞお願いします、私はご兄弟からその事をお届けを聞いとるから、知っとるとじゃん、けどもあんまりこの頃御無礼しとるもんじゃけんで、気の毒かわけ神様にねちった、そりけんどうか言われると思うちちょっとおいて、つっと行こうとするからちょいと待たんのち、あんた今日なんしげに参った来たとのち言うたら、主人がこうやって肝臓で入院する事になりました。
 してその事はそんなら、お願い参りに来たつか、どうかとこう言う、したらやっぱりどうぞ良うなりますごと、とこう言います。だから今度の病気はね、良うなりますごとじゃいかんよ、あんたがあげん酒を止めますごと、ちゅうたからあの手この手を神様がお使いになったけれども、それでも思い当たらんからいよいよ飲まれない、お酒が飲まれない肝臓に神様がわざわざして下さったんだ、してみるとあんたの願っておった、女房としては、そこをしっかりお礼申し上げればおかげになるよ、と私今日申しました。
 と言う様にですね、いうならば子供でも分るような、お導きを受けると言う事です、金光様のご信心は。もう皆さんの場合なんか、もうそれこそリアルにそれを神様が現れて下さる。だからそこんところを、私共とり失わないようにしてです、はあ神様がお気付けだな、物言いござることを聞き取らせて頂くような思いでです、信心させて頂かなきゃいけん。だからそこんところに、いわばそれを聞き取る所の稽古がいるのだ。
今日福岡から、初めて来年大学に入るという人達二人で参ってきた。丁度その少年で、バンドの方たちが、バンドの練習をやっておった。はあとにかくやかましいけれども、やかましいけれども、これが一年前には、それこそあれがひとつのリズムにもならなかった。ただどんどんやかましいばかりであったけれども、やかましい中にもひとつの楽しいリズムがある。一年間かかって、あれだけのこと。やはり稽古です。だから信心もその調子が分かるようになる。
 リズムが出て来ると所までは、ひとつ本気でお話しも頂かせて頂く、今まで何十年信心してこなかった時代の自分と、信心を頂くようになった自分というものを見比べさせて頂いて、信心の無かった時代のお粗末ご無礼な生き方を改まって、信心生活に入らなきゃいけんのだ。そしてそこんとこの稽古をしていくのだ。稽古をするという気になれば、只今私が申しましたようにですね、これならば、はあ、ほんとにそうでございましょうと、分るように神様が実際、実地の問題を持って教えて下さるのである。
だから空論じゃないと、金光様のご信心は、なるほど金光大神が歩かれた道を一歩一歩踏みしめていくのだなと言う言が分るでしょうが。づけるとちゃんと神様がそこには、それを導いてくださるその、手練手管と申しましようかね、神様のなんとも言えんデリケートな、いわば問題をそこに作ってでも、ほんとに私共の心が神に向うことを、進め教えて下さるのであります。
 そこんところをです、もう日々の問題の中に、上野先生なんかの場合は、取り組んでおるということです。光橋先生の今度のラジオ放送されるその話内容なんかもそうなんです。そういう生き方で二十年間、そして今日この様な、今日おかげを頂いておると言う事をまあ、話すわけなんですけれども、それが生神になる道なんです。なら上野先生と愛子先生と、女の先生達のことを申しましたが、二人ながら本気で生き神への道を、ひたすら精進させて頂いておると言う言。
 しかもそれは楽しいことであり、有り難いことであると。それも雲をつかむような生神ではなくて、もうそれこそ私共の、歩みの上にです、少しでも間違うたら、さあこっちぞといわんばかりの、ご教導を生き生きとして頂かせて頂きながら、生神への道を通らせていただくと言う言。神のおかげが分れば、神の大恩が分れば、一年勝り、代勝り、年勝り、代勝りのおかげが受けられると今朝の御理解でございます。
神のおかげが分る、神の大恩が分らしてもらうというところからです、全てが御事柄として、頂けて行けれる日々がある訳であります。しかもその稽古をさせて頂いて行くうちに、今私が例を持ってお話させて頂きましたように、ひとつの問題を通して、はあ神様のお気付けであろう、神様のお導きであろう、神様が大きな声をして怒っておられるのであるな、と感じなければおられないほどしにです、の教導をうけながら、生神への道をひたすら歩かせて頂くというのが、金光教の信心であると言う事。
 そういう言わば、極点いわば極地に達せられたのが、教祖生神金光大神であると言う事。そこで私共が、半分でも三分の一でもです、辿らせていただいて、そして出来ないところは、またあの世でも、その修行を続けていかれるというのが金光様のご信心。ですから、ここんところの起点になる所をです、どうでも一歩踏み出して、その道を歩かせて頂く事の、精進をさせていただかなければならないということになります。
キリスト教や、仏教を例に引いて大変、相すまんと思いましたけれども、けれどもやっぱし、言わにゃ分らない、教祖金光大神という方は、それこそどろの中から、生まれなさった、ご自分でも一百姓と仰っておられるように、だから誰しもそこから、歩いて行けれるようになる。一商人から、私の場合で言うならば、教祖の場合は、一百姓から、そこから、此の方がおかげの受け始めと仰せられる。
 受けておいでられたそれを、自分の生き方を、金光大神に残されてあり、または、御教えにその深さ広さを、教えておられるわけでございます。その教えの深さ広さというのは、とても仏教、キリストでも解き得ないないほどしの深いものを内容に、包含しておる、持っておるということ。このこともまた、有り難い事であります。どうぞねお互いが生神様になる道ですから、私共はね生神様になる道のその、精進と同時に雰囲気をね、自分の周囲に作って行くことに精進していかなきゃならんと思いますね。
   どうぞ。